ニューヨーク満身創痍物語 〜長いから読みたい人だけ読んでね〜
N.Y.に来た当初、私は学校が休みに入った途端に、熱を出して寝こんでいた。
「しかし、ホントにタイミングよく病気になるのねぇ〜」
ルームメートは感心した。
でも、これは単なる私のニューヨークでの「満身創痍物語」の序曲に過ぎなかった。
あ”〜っ！私は日本にいたときは、ほとんど医療と言うものに金など払ったことがなかったのにぃ〜！！
飛行機で二股。中国ハリの先生。
N.Y.に来て半年ほど経った頃である。ひどい風邪をひいてしまい１週間寝こんでしまったのだ。何日間にもわたって、朝になると酷い頭痛がしてくる。１週間経ってもあまりよくなった感じがしなかったが、とにかく学校をずっと休むわけにはいかないので、翌週から普段通りに授業を受けることにした。
久しぶりに稽古着を身につけた私の筋肉はブヨン、ブヨンになっていた。ブヨン、ブヨンは目をつむればなんとかなる。しかし、目をつむってもなんともならなかったのが、腰痛だった。とにかく痛くてグラハム特許の（？）あの「コントラクション」が出来ないのだ。ずーっと寝こんでいたから仕方ない、、、と思っていたが、２週間を過ぎても一向によくならない。
友人のルームメイトが膝をいためて通っているという、中国人のやっているハリ診療所を紹介してもらい、予約を入れて行った。
その日は雨で、左膝も痛く、足首も痛かった。３時半に予約を入れていたので、その時間に行くと、受付の中国人のおばさんが流暢な日本語で言った。
「雨のため、飛行機が遅れているから少し待ってください。」
その先生はN.Y.以外にも診療所を持っていて、そちらから帰ってくるのだそうだ。待っている間、次から次へと患者がやってくる。
傘を持った先生が診療所に姿を見せたのは、私がアポイントメントをとった一時間後だった。
やっと姿を見せた先生は日本語で、「コーヒーとかお酒を飲んではいけません。重いものを持ってもいけません」と常識的なことをまず言った。小さな診察室が何室かあって、そのひとつに通された私は壁に向かって横向きに寝るように言われた。ハリを打つ前、先生は壁を見つめる私の目の前に、
「これは使い捨てのハリですから、エイズの心配はありません」
と言って、袋入りのハリを差し出した。
「・・・・。ここは、N.Y.だった・・・」初めて一抹の恐怖を感じた。
私が痛い、と言った腰の部分と、上になった耳の横にハリを一本打ったあと、先生は他の診察室へ行ってしまった。その姿勢で15分間じっとしたままだった。これで65ドルの支払いだった。そして薬代も30ドル請求された。私は電話で訊ねていた金額が65ドルだけだったので、持ち金はそれに合わせた金額だけしか持っていなかった。とにかく65ドルだけ払ってその日は帰った。そのあとまた、そこへ行ったがどうもしっくりいかないので行くのをやめた。
ありがと、イオアナ。
学校で、私がひどい風邪で困っていると言ったら、ギリシャ人のイオアナが薬を持って来てくれた。彼女のお母さんは薬剤師さんで、この薬はよく効くよ、と私にくれた。
何日かたっても私が咳き込んでいるのを見て、イオアナは、
「ごめんね。私の薬が効かなかったのかしら？」
と心配してくれたので、悪いことをしてしまったような気がした。
ギリシャ人と日本人では体質が違うのだろうか？ギリシャ人にとって効く薬も、日本人には効かない、ってことあるのだろうか？素朴なギモン。
クイーンズの日本人医師
1ヶ月後、またもや朝、熱が出た。
ルームメイトが以前、病気になったとき、近所の酒屋の韓国人のおばさんが車を呼んで(韓国人が経営する）日本人の医者に連れて行ってもらったことがあった。私も全くその時と同じ運命になる。
丁度保険がきれていてお金の心配もしなくてはいけなかったが、それ以上にこのしつこい風邪と腰痛とをとにかく何とかしたかった。1ヶ月も苦しんだこの風邪に対して、その日本人医師は、
「ただの風邪です」
と言った。ホッとした反面、ただの風邪にこれだけ苦しめられている自分が情けなく思えた。
30ドル払った。思ったより安かった。処方箋を書いてもらった用紙をもって、近所のドラッグストアーに行き、薬を購入するように言われた。
アパートに戻ったのは夜九時前だった。すぐにドラッグストアに行き、処方箋を店の人に渡した。
「これは随分高いよ。お金は持ってる？大丈夫？」
と店の人は言った。
彼が私に請求した金額は50ドルだった。私は40ドルしか持っていなかったので、一旦アパートへ取りに帰ることにする。
「閉店は9時だからね」
と念を押されて、私はフラフラする体でアパートへ戻り、九時まで時間が十分しかなかったので、急いでドラッグストアへ薬を取りに行った。
アメリカ人は風邪と言うと、「オレンジジュースを飲んで寝ろ」と言う。けれど、弱った胃に、柑橘類ほど消化に悪いものはない。私は一発で、戻してしまった。
そんな事って、、、、。
その日本人医師にタダの風邪、と言われた一週間後、、、、。私の人生の必需品であるメガネにヒビが入っていることに気づく。そんなことぉ、ったら、あるの？だって、N.Y.に来る前に作り直しておいたレンズなのにぃ〜！なーーーんでぇーーーー（叫び。←ムンクじゃ）
日本人の経営しているメガネ屋へ持って行き見てもらう。片方のレンズだけで100ドルかかると言う。
このメガネはディスカントショップで二万円程で買ったものだったが、メガネ店のおばさんは、こんないいレンズはこちらにはないと言う。こちらだと度が強くてもプラスチック製で薄いレンズというのは壊れやすいので法律上、販売できないのだそうだ。
私の目は身体障害者並で、その度にあわせるとレンズはとてつもなく分厚くなるという。右目のレンズとバランスを考えてプラスティックとガラスの混合されたレンズにするが、それでも右目のレンズに比べて左目のレンズはフレームから少しはみ出している。
ま、メガネは部屋でしか使わないからいいか。。。。しかし、こんなに高額だとは、、、、。
ニュージャージまでハリ治療に。
風邪の症状はすっかりよくなったが、2ヶ月たっても腰痛は和らがなかった。ルームメイトが日本人のいいハリの先生がいると言う情報を得て、そこに行くことにする。
その診療所は隣の州のニュージャージー州で、多くの日本人が住んでいるというフォート・リーと言うところにあった。その日は摂氏マイナス9℃の寒さ。その中をクィーンズから川をふたつも越えて行く。
そこでは30分ほど置きバリをしたあと、またもう一度15分ほど置きバリをし、そのあと腰を押してくれた。
「これは腎臓が腫れていますね。熱いお風呂にはつからないようにしてください。あなたは腸が弱いでしょう？これは内臓からきている腰痛です。でもこれくらいだったらニ、三回通えば治りますよ」
今まで、腰痛というと外的な問題しか考えたことのなかった私には、やっと私の腰痛の犯人が分かったような思いだった。腰痛が激しかったときは、腰全体が痛いように思えて仕方なかったが、そのうち左下が痛いことがわかるようになった。その場所には腎臓があって、極度の疲れのためにそれが腫れていると言う。外的な（使いすぎ）要因で痛めたものだ、と思っていたので素人判断でいつもお湯につかって、温めていたのだ。これではいくら経っても良くなるはずがない。
ショーイング前の怪我。
私には慢性的な足首の痛みがあった。踊りすぎると歩けなくなるほど痛むのだ。N.Y.に来る前にも極度の足首の痛みで何度かハリ治療に通っていた。左膝も以前、転んで打ったところがひどく痛くなるときがある。
ワークショップ（振り付け家の特別レッスン）のショーイング（スタジオパフォーマンス）に向けて稽古をしているときにも、その足首の痛みは始まった。それを感じとったその振り付け家は「リハーサルもクラスも全部休んで家にかえれ」と厳しい口調で私に言った。
普段あんなに稽古をしておきながら、いざ大切なショーイングの前で足を痛めては何のための稽古か分からなくなってしまう。またフォート・リーまでハリ治療に通うハメになる。
医は仁術なり？
とにかくショーイングの前だったので、私は深刻だった。
そして念には念をいれて、同じ学校の子が3人ほど通っているというカイロプラクティックに行く事にする。友人達が言うには、その先生は器具などを使わずマッサージみたいなのでいいのだそうだ。正直言って私はカイロプラクティックがどういうことをするのか知らなかった。
ダウンタウンにある診療所へ行くと、優しそうな白人の男の先生が出てきた。私が保険を持っていないと言うと、「本当は60ドルだけれど、50ドルでいい」と言う。
治療の内容も聞いていたとおり、マッサージのようなものだった。ダンサーの患者も沢山いるのだろうか、どんなエクササイズをやると痛むのかやってみなさい、と言う。そしてこのエクササイズはもっとこういう風にしなくてはいけません、とダンスの先生さながらの注意をくれる。
心配していたアキレス腱も、その先生が言うには異常がないとのことで、私は安心料に50ドル払ったようなものだった。これでしばらく医者にかからないだろうと思っていたが、皮肉にもその約一週間後に同じようにダウンタウンの診療所に行かなくてはならないハメになったのだ。
クラスを受けているとき、私は他の女性に手がぶつかった。彼女の薬指と中指は真っ赤に腫れあがっていた。そして私は左手首が痛みで動かなくなった。
その日はショーイングの3日前のことだった。私は翌日すぐにカイロプラクティックの先生へ電話を入れた。とにかく不安で仕方なかったのだ。
「手首が動かない」
しかもあと3日後に、私は人前で踊らなければならないのだ。その上振り付けに左手で全身を支える必要のある箇所もあるのだ。
藁をもつかむ思いでカイロプラクティックの先生のところへ行く。先生はいろいろとやってくれたが、やはり痛い。先生は学校の電話番号を私に尋ね、学校へ電話を入れ、学校の専門病院がないかどうか訊いてくれた。学校側では特別にそのようなものはない、と答えているようだった。
先生は、もしかしたら骨にヒビが入っているかもしれないから、どこかでレントゲンをとってもらいなさい。と言った。先生の名刺の裏にそのことを書きこんでくれて、それを行った病院に見せなさい、と言った。その後、リハーサルがあったのでそれに出る。そのあとの様子を電話で知らせなさい、と先生が言ったので、手首の痛みは変わりないことを伝える。
「振り付けを変えてもらえば？」
一緒にショーイングで踊る女の子が私に言う。でも、もう二日後。しかもユニゾン。先生だけどころか、皆に迷惑をかけてしまう。それは出来なかった。
保険に入った３ヶ月後、その先生のところへまた足首をみてもらいに行った。
その先生は自分で保険会社にお金を請求してくれるので、一旦こちらがお金を立て替える必要もなく、手間が省けて助かった。
しかし保険会社から使用した金額の明細書が送ってこられたとき、それを見た私は複雑な気持ちになった。たった一回診てもらっただけなのに、診察料は120ドル。私が聞いた診察料の２倍になっている。
「はぁ、こうやって自分で請求した方が、保険会社から多くお金がとれるのね」……
あんなに親身になってくれていた先生も、60ドルの診察料を50ドルにしてくれた先生も、こういうところではしっかりお金を稼いでいるのだなぁ、と正直言って私はがっかりしたのである。別に私のサイフには何の影響もないのだけれど、、、。
救急ではない救急病院。
カイロプラクティックで診てもらった翌日、私は学校の近くにある救急病院へ行った。この病院は以前、友人が学校でドアに指をはさんで、三ハリ縫ったところである。その時、友人は５時間待たされた。待合室には自分の怪我を見て、「フッフッフッ」と笑っている奇妙な黒人のオジさんがいたと言うのだ。その待ち時間が彼女にとってどんなに長かったか、ご想像がつくであろう。
そんな生きた心地がしない５時間待ちの末、やっと自分の番になったとき、先生とおぼしき人が鼻歌を歌いながら、おもむろにハリと糸を取りだし、彼女の指を縫いだしたのには、友人もその付き添いにいた友人もビックリしたと言う。
そんな話を聞いてはいたが、私には他に救急病院がどこにあるのか分からなかった。学校からも目と鼻の先であることだし、私はその病院に思いきって行く事にする。なんせ、ショーイングは翌日なのである。
この病院の待合室は恐い、、、と信じた私は身を固くして待合室で待つ。
そんな身を固くしている私の耳に、なぜか、
「Naomi, Naomi」と聞こえる気がした。
「気のせいだろうなぁ」
そんなことを思いながら、一時間が過ぎた。そのころ白衣を着たオリエンタルの女性が私の名をやっと呼んだ。呼ばれた方へ行くと小さな部屋があった。オリエンタルの顔を持つ白衣を着た女性は私のカルテを見て、にっこり笑って言った。
「あなたの名前、ナオミっていうのね？私の名前もナオミって言うのよ」
彼女のつけた名札を見ると、「ナオミ」と書かれている。なるほど、待っている間、「ナオミ、ナオミ」と聞こえていたのは、業務連絡で彼女を呼んでいたのか、、、、となっとくしたのである。
「両親が日本にいたことがあってね。ナオミっていう名前がすごく気に入って、それで私はナオミって言う名前になったのよ。綺麗な名前よね」
彼女は誇らしげに言う。
骨折の恐怖にとらわれていたので、私はただ、「ふん、ふん」と話を聞いているのが精一杯だったが、それでもこんな緊急病院で自分と同じ名前を持つ女性がいたのは、少なからず緊張がほどけるようだった。私と同じ名前の彼女は、私の血圧と体温を測った。
それからまた一時間ほど待たされた。そして今度は違う女性から名前を呼ばれた。診察室がいっぱいで場所がないからここに来てください、と一時間前にナオミさんに血圧を測られた部屋へ通された。
その女性は私にいろいろと体調を尋ねた後、手首をいろいろと動かしてみるように示指した。
彼女は首をひねる。しばらくしてひとりの太った男性が入ってくる。
「ハ〜イ、ハゥ・アー・ユー？」
「グッド！」、、、、、じゃないからここにいるんじゃないのよっ。と思いながらも、その元気のいい登場ぶりに圧倒されてしまった。
彼は私の顔を見るなり、日本人か聞いた。
「日本人は礼儀正しいんだよね」、と言ったかと思うと、今度は、
「今、日本の円は安くなっている。ドルを買うときが来たんだ、バンザァ〜イ！」
と機関銃のようにひとりで喋りまくった。やっと彼の口上が終わったかと思ったらおもむろに、
「それで、どうしたの？」
と女性に訊ねる。
その男性同じように私に手首をいろいろ動かせてみて、
「う〜ん、これは骨には異常ないと思うよ。もしそうだったら、こんなふうにとても痛くて動かせないな」
と女性に言う。女性もそれに対して同意している。
「もし、どうしてもレントゲンを撮りたいのなら、撮ってもいいけど、ぼくはその必要はないと思うよ」
ワラをもつかむ思いの私はとにかくその陽気な男性の言葉を信用した。それにこれからレントゲンを撮ろうもんなら、またどのくらい待たされるか分かったもんではない。
私はその場で買えることにした。一応、薬の処方箋んを書いた用紙をもらったが、私はその薬をどこでもらうのかもわからず、どうやって病院の支払いをしていいのかも分からず病院を出て来てしまった。
その足で私は学校に戻り、クラスをふたつ受けた。そして翌日、なんとかスタジオ･パフォーマンスで私はそれなりに踊った。それなりに、、、。しかし、手首の後遺症はその1ヶ月後と2ヶ月後に私の身に降りかかってきた。
ハ〜イ！ハアウ・アー・ユー？で二百ドル。
その1ヶ月後、私のアパートに1通の請求書が舞い込んできた。保険が切れていた私に来た請求額は、なんと百二十ドルだった。
「えっ？たったあれだけで、ヒャク、百二十ドルゥ〜！！」
彼らは何も医療器具を使わず、ちょっと、ああしろ、こうしろ、と人の手首を動かさせただけで、百二十ドルも請求してきたのだ。アメリカの医療費が非常に高いというのは聞いていたが、全身から力が抜けていくような値段だった。だが仕方ない。チェック（小切手）を切って気前よく（？）払う。
しかし、1ヶ月後、また同じ請求書が送ってこられた。私のあのチェックはどうしたのか？自分の預けている銀行へ電話し、病院への支払いが済まされているかどうか確認する。銀行側は支払いは済まされていると言う。
さすがの私（？）も頭にきて、英語が出来ない身であることも忘れて請求された先に電話を入れる。すると電話口の先の相手は、怒り狂う私をよそに、のんびりとした口調で、
「まだ、コンピュータにインプットされていないだけかもしれませんから、3日後にでも電話して確認してください」という。
2ヶ月後、今度はメディカル・センターと言う所から請求書が届いた。私は薬をもらっていない。けれど請求書は容赦なく60ドルを請求してきた。これも仕方ない、さっさと払っておく。
しかし、またもや同じ請求書が督促されてきた。今度は何もしないでほっといた。
学校の友人がクラスを受けているときに腰を痛めて、救急車で運ばれた。あの救急病院へである。
クリーム色のカーテンでいくつも仕切られた広い部屋の奥へ行くと、通路にタンカーに縛りつけられたままで友人がいた。そのままで、もう二時間以上も待たされていて、かえって腰が痛いと言う。
やっと名札をつけたヒゲのオジさんが、ハーイ！とやって来た。
友人はブロードウェイ沿いにある日本食レストランでバイトをしていたが、そのオジさんは彼女をそこで見たことがあると話かけてきた。オジさんは彼女の腰のどこが痛いかをちょっと触ってみた。そしてすぐに何処かへ消えてしまった。
タンカーの上で、ほっとかれていたのは彼女だけではなかった。自分は重体だから先に見てくれ、と言うおばあさんもいた。私が彼女に付き添った間、彼女はオシッコをとられただけだった。
2ヶ月後、彼女のところへ恐怖の請求書が届いた。アメリカでは救急車は有料である。彼女のところへやってきた救急車使用料は175ドルである。前にも言ったが、学校と病院は5ブロックほどしか離れていない。近いのである。どうやら救急車はタクシーと違って距離で料金を払うのではないらしい。保険会社は百ドルしかカバーしないと言ってきたようである。
そして5時間も病院の通路にタンカーで放置された彼女への病院からの請求金額は、200ドルだった。結局彼女は待ちくたびれて、レントゲンも撮らずに歩いてアパートに帰ったのであった。
虫歯一本、1000ドルから55ドルまで。
私は歯並びが非常に悪いが、どうしたことか歯自体は丈夫である。めったに歯医者にお世話にならない。丁度N.Y.に来る前、完全にはえきった4本の親知らずのうち、右上のひとつが虫歯になったのでさっさと抜いておいた。そのときも安産（？）だった。
ところが、N.Y.に来て虫歯の痛みというものを経験するハメになった。なんでまたN.Y.で。。。。
バイト先の女の子が歯の治療をしていると言うので、治療費はいくらかきいてみた。日本語の出来る韓国人のやっている歯医者だそうだが、ナント虫歯一本に1000ドルもかかる、と言うのだ。1000ドルですよ。1000ドル！1000ドルもかかるんだったら、日本に帰って歯医者に行ったほうがましじゃない？
私にはとても虫歯一本に1000ドルもかける余裕などない。1000ドル払ったら日本に帰らなくてはならない。2度とN.Y.の地を踏めないだろうーーー。ぐらいである。
その後、いろいろな友人に聞いてみる。ヤンキー・スタジアムの近くに通っている友人は、虫歯一本60ドルだと言う。歯医者はアメリカ人。その上、ヤンキー・スタジアム周辺の治安は悪い。行くにはためらわれた。言葉が通じなくて違う歯を抜かれても困る。。。どうこうしているうちに日本人の先生で一本80ドルで治してくれる先生がいるという情報を得た。その友人は一年以上前に行ったという。しかし、一本1000ドルから急に80ドルですよ！私は電話した。
「もしもし」
「？」←コレ、私の反応。
突然聞こえてきたのは日本人男性のけだるそうな声だった。普通ならば、「はい、○○歯科院です」とかなんとか、さわやかに女性の声で出てくるであろう。私は間違い電話をかけてしまったのか、と一瞬思った。
「ドクター○○ですか？」
「そうです」
気をとりもどして訊ねた私に、なおもその男性はけだるそうに話す。
「あのぅ、アポイントメントをとりたいんですけど、、、」
びっくり仰天！その男性は、
「困ったなぁ」
「？？？？？？？？？」←コレ、私の反応。
「どこが痛いの？」
歯が痛いから電話してんじゃねぇかよ〜！！と思いながらも声は小さくなって、
「歯です」、と答えると、
「うちは新しい患者さんはとらないことにしてるんだよ。悪いけど、他あたってみて、それでもどうしてもダメだったら電話してきて」
「ハァ」
力なく私は受話器を置いた。
随分後になって、歯科技師の人と話す機会があった。私はその時の話を彼にした。すると彼は、
「ああ、それはとらない、じゃなくて、とれなかったんだよ。あの人、クスリかなんかやって捕まってたんだよね。それでしばらく営業停止くらっていたんだよ」
日本人社会は狭い。まして同業者の話は筒抜けである。どうやら私は丁度その謹慎中に電話したらしい。
それからしばらくしてバイト先に来たお客さんの話で、その医師が営業開始したことを知った。
「いやぁ、今日歯を抜いて来てねぇ、本当は飲んじゃいけないんだけどサァ」
「どこのお医者さんにいかれたんですか？」
「ドクター○○のところだよ。ずーっと交通事故でやってなかったんだよね。最近また始めてね。。。」
「……」←コレ、私の反応。
やっとの思いでいい先生を見つけた。その先生は日系二世でカタコトの日本語を話す。私の虫歯を見て、
「なんで、もっと早く来なかったのですか？」と言った。
先生は私が約2ヶ月間も安い治療費でいい先生を探し求めていたのを知らない。
治療費は55ドルだった。最初の1000ドルから2ヶ月かけて、なんとか55ドルまで落とせたのだ！
あとから聞いた話だが、お金のない画家志望者が自分の絵を持っていって、その先生に歯を診てもらったことがあるのだそうだ。そう言えば、私の治療中に、日本人ビジネスマンとおぼしき人から電話がかっかってきた。どうやら明日の早朝、出張でどこかに行かねばならないらしいのだが、どうしても歯が痛いのでその前に診て欲しいらしい。先生はカタコトの日本語で、
「しょうがないですね。あした8時にいらっしゃい」と言っていた。
私はついでに次回、歯石をとってもらうことにする。それで40ドルである。モロッコ人女性がクィーンズの歯医者で歯石をとってもらって80ドルだと言っていた。半額である。
やはり歯科技師の人にその先生のことも聞いてみた。
「あの先生はいい治療はしていないんだよ。アルガナムという安い素材を使ってなんでも治してしまうんだ。だから安いんだよ」
専門家からみると賛成できないやり方だ、と言う。しかし、私としては短期間の治療としてでも、とにかく今の痛みを安く取り除いてくれる先生のほうが、N.Y.にいる場合、ずーっとありがたい。
たった一本の虫歯で、いろいろとN.Y.を知ったような気がした。
アメリカの病室
友人から交通事故で今入院していると言う電話があった。
「うっそぉダ〜！！」
私は信用しない。私は彼によく騙されていた。狼少年よ。今度は私は騙されない！
ところが、共通の友人からその連絡が来た。狼少年は狼には食べられなかったけど、車にぶつかって病院に収容されているようなのである。なので、私は友人と一緒に「狼少年」の見舞いに行くことにする。
電話での元気そうな声に反して、彼の顔を見たときはギョッとした。手術が行われた翌日で、彼の顔は倍にも膨れ上がり、全く違った人相になっていたのである。目はそのために線になっていた。
「いやぁ〜、気がついたら前の車が橋のど真ん中で止まっててさぁ」
そのまんま、止まっていた車に激突。車は転覆。ペッタンコになった。
「何にも食べられないのに、へんなおばちゃんが来て、コレくらい食べなさい、って無理やりプディングを口に入れてくれてさぁ、思いっきり吐いちゃったよォ〜」
はぁーーー。こちらはハードなのねぇ〜。
面会しているとき、手術をした女医さんが入って来た。白衣のポケットから写真を二枚出して彼に見せる。彼は怪我をした額にお尻の肉をあてがって縫ったのだ。写真はその額の術前、術後のものだった。
「この写真、ちょうだい」
と彼が言ったが、女医さんは、
「これはダメよ。なんで欲しいの？FBIにでも売りたいの？」と冗談を言っていなくなった。
私は祖母や母の手術の時に、病院に立ち合ったときがあったが、写真なんてお医者さんから見せてもらったことなどない。びっくりした。
病室は真中をカーテンで仕切ったふたり部屋だった。ベットの横に電話がおいてある。そうか、これで私に電話をしてきたんだなぁ。
私の知っている限り、日本の病院でこのようにベッドに一台づつ電話が取り付けられているのを見たことがない。これなら動けない人にも誰にでも電話出来ていいかもしれないなぁ、と思った。
「国際電話だって出来る。声を聞かせることも出来るけどなぁ」
リュウマチで寝たきりになっている祖母をふっと思う。日本の病院も近い将来、こんなふうに電話が使えるようになるといいのになぁ、と思う。
目が開かない！！
私は超ド近眼である。N.Y.に来てからは、コンタクトは破れるわ、メガネは壊れるわ、とホント、日本ではなんともなかった事件が続出したが、とどめにそれはやってきた。
「目が開かない。。。」
朝から夜中まで、コンタクトレンズを着用しなくてはならなかった私の目に、負担がかかった。とにかく左目が痛い。その時丁度、シティセンターでのアルヴィン・エイリー舞踊団のシーズンで、学生参加の「メモリア」と言う作品に、私も出ることになっていた。私は片目のみコンタクトを入れ、ガチャ目で舞台に立つ。なんとか無事6回の舞台を終えたが、目は確実に悪くなり、とうとう痛みで開かなくなる。
以前、やはり同じようにコンタクトレンズで目を痛めた友人に目医者さんの電話番号を訊ねる。
さっそくアポイントメントをとり、片目をハンカチで覆ったまま地下鉄に乗り出かけて行った。
案の定、先生はコンタクトレンズで角膜が一部はがれている、と言う。
私は10年間もコンタクトレンズを使用してきたが、今まで一度もレンズで傷をつけたことがなかった。
先生は、説明をしながら治療用の使い捨てコンタクトレンズを取りだし、私の目にいれた。すると、あら不思議、今まで痛くて開かなかった目がパァ〜っと開いたのだ。
「コンタクトレンズで傷ついた目を、コンタクトレンズで治すという方法があるのです。不思議ですねぇ。丁度怪我をした時、バンソウコウを貼るでしょ？このレンズはそのバンソウコウの役割をしているのです」
これが私の使い捨てレンズとの出会いであった。
「このうへも、なほ憂きことの積もれかし、限りある身の力ためさん」
これは1989年から翌年の1990年に記録したものです。
10年以上経った今、あの頃はとにかく辛かった、、、、という記憶しかなかったが、改めて読んでみて、（今まで読み返したことがなかった。。。。）
「ぎゃーーーーっ！！こんなにヒドイ目にあって、よく自殺しなかったわねぇ。アンタ。しかも、痛いのになぜ踊る？」
骨折かも知れないのに、クラスを受けている自分にギョッとした。今ならしません。そんな無謀。
しかし、有森裕子ではないが、つくづく自分で自分を誉めたくなってしまった。こうやってずうずうしく生きている今の自分。
皆さん！生きてるもん勝ちよーーーー！！頑張りましょうーーーー！
実は、ここには書いていない、もっといろいろなことが起こっていました。それでも私は生きている。。。
時間は本当に一番のクスリですね。そしてそれを味方にするのも自分次第なんですね。トホッ。